コラム

第1話 <企業の存在意義>2006-04-30

~キャリアカウンセリングが<人>にもたらすもの~


 キャリアカウンセリングが<人>にもたらすものは何か? というテーマで<企業の存在意義>まで論を進めたいと思います。




【§1キャリアカウンセリングとは何か】
 今年も入社式の季節がきました。新聞には、上場企業の入社式の社長挨拶が報道されます。去年ぐらいまではその挨拶の内容は、「会社に頼るな、自律しろ、エンプロイヤビリティーだ、会社はいつまでもあると思うな」と、まあほとんどこういう内容です。


 挨拶のなかの「自律しろ」という言葉から受ける印象は、つぎのようになります。
<悪い印象>としては、「自律」というのは、そもそも、命令して行われるものではない。そもそも「自律」を命令形として表現することと「自律」という意味内容とは、矛盾しているのです。同じような例に、「自発的にやりなさい」というのがあります。子供が、宿題などをやろうかなと思っているところへ、ぴったりのタイミングで親に勉強しなさい!と命令される。子供が命令に反撥してやらないでいると、今度は勝手にしなさいと、親に命令される。子供は勉強しなきゃいけないのか、勝手にしなきゃいけないのか、わからなくなる。心理学的には、これを、ダブルバインド=二重拘束といい、心理的病理の原因のひとつになりえます。
 以上のことから私は、社長がおっしゃる「自律しろ」という言葉には、どんなにインセンティブ(刺激的・誘発的)な人事処遇制度をつくっても組織風土は変わらないことを既によく知っていらっしゃるジレンマが現れていると感じます。


 一方、<良い印象>としては、いや、良い印象として受け止めるためには、と言えば、私の好みでないですが、コンピテンシーという言葉を連想してください。コンピテンシーとは、継続的なモチベーションをともなう、ハイパフォーマーの行動特性と定義されます。では、それを踏まえたうえで、社長が使う言葉「自律性」とはなにかと問い抜いてください。すると、その<人>が仕事にみいだそうとしているところの価値観をとおして、仕事人生(キャリア)を成熟させ続けていく行動特性、ということになります。いわば、自律とは、キャリアコンピテンシーの発揮ということ。つまり、自律とは、キャリアのアップでもダウンでもなく、自分のコアになる価値観や能力の繋がりの中で、何を演じる意志をもつのかを確認しつつ、その舞台と演目を自分で充実させ続けていることなのです。


 キャリアコンピテンシーの発揮のために、①何ができるのか、②何をもたらしたいか、③仕事や人生にどんな意味や価値を見出したいのか、この3つを当人が自覚し、継続的に自律的に統合できるよう支援するのがキャリアカウンセリングです。統合プロセスにマッチした仕事はどんなものがあり、どうやって達成していけばよいのか? 「問題の答えはその<人>のなかにあり」、それを<人>が自覚できるよう支援するのがカウンセリングであり、そこがアドバイスとか相談とは、違うところなのです。


以上で、キャリアカウンセリングがイメージできたことと思います。




【§2キャリアカウンセリングが<人>にもたらすものは何か?】
■それは、自律性です。
 <人>が仕事をとおして、①何ができるのか、②何をもたらしたいのか、③仕事や人生にどんな意味や価値を見出したいのか、この3つについて自己理解し、統合し、行動化していくことができるようになります。これは自律的な生き方をすること、そのものなのです。<人>が自律的に生きることを、キャリアカウンセリングは支援するのです。


 また、キャリアを自己理解し統合し行動することが自律的な生き方となる理由は以下のとおりです。
 社員は変化する環境のなかで高い付加価値の仕事を要求されつづけます。いつの日か人生としてそれを乗り越えなければならないような、困難な節目の時期が必ずきます。それが転機というものです。そのとき、よりどころとなる「自分は、何の価値のために働いているのか?」という価値観をきちっと自覚し確認しておかないと乗り越えられないのです。よりどころ、それがキャリアアンカーです。キャリアアンカーとは、エドガーシャインによる言葉でキャリアを選択する際に最も大切にしている、他に変えられない、譲れない価値観のことをいいます。それを現実場面において行動化しその行動力を磨き続ける特性がキャリアコンピテンシーです。ことあるごとに自分は、①何ができるのか、②何をもたらしたいのか、③仕事や人生にどんな意味や価値を見出したいのか、を歪曲なくすなおに確認し続ける。過去の軌跡を振り返り、不足しているスキルはこれからの人生に補充し、キャリアを捉え直し続けていく。こうしてキャリアを統合することそのものが、長い継続したエネルギーとなり、それがすなわち自律的なあり方であり、必ず良いお仕事や納得いく人生に繋がるのです。


 従って、長い継続したエネルギーとなるキャリアコンピテンシーは、たとえば食欲などとのような欠乏動機を刺激するインセンティブな賃金制度による短期的モチベーションとは、似て非なるものなのです。




【§3企業の存在意義はなにか? キャリアカウンセリングと経営理念】
 よく、「人材流動化時代にあってキャリア支援施策は優秀人材の囲い込み戦略である」などとして、キャリア支援を人事戦略として掲げることで、企業論理を正当化しているだけのケースがあります。本来、広義のキャリア支援は、こういった手段としてとらえるものでなく、企業の存在意義として、経営理念の一つとして、とらえるものなのです。


■会社はなんのためにあるのか? 
 会社の主役である<人>は、仕事をとおしてことあるごとに、①何ができるか、②何をもたらしたいか、③仕事や人生にどんな意味や価値を見出したいか、その時空の繋がりの中で、この3つを自覚し、継続的に自律的にキャリアを統合するべく、演じる舞台と演目を充実させ続けて活動します。そして、その場を提供し支援することこそが、会社の存在意義なのです。
 会社は、マズローの欲求五段階説の五段階めである「自己実現」の上に、さらに「他者(社員)の自己実現を支援する」という、いわば6段階目をめざし、それを実践することを、存在意義とし経営理念の一つにしていることが必要なのです。


■実際に行っている企業
 会社の存在意義を、社員のための自律的キャリア統合支援主義として経営理念の一つにしている企業に、川上産業株式会社(代表取締役 川上 肇さん)*があります。
 NPO現代カウンセリングセミナーの研修会(2005*05/06)で、実例として発表させていただいたのですが、「プチプチ」という気泡緩衝材で知られる会社です。当社では、「社員の人生が、会社を作る。その逆はない。会社は社員の人生を縛るものではない」と謳いキャリア支援を実践しています。


                                             <以 上>